徳島地方裁判所 昭和37年(わ)292号 判決 1972年3月24日
主文
被告人森達雄、同青山正二をいずれも懲役二年に
被告人橋田繁春を懲役一年二月および罰金一五万円に
被告人増田多良平を懲役一年および罰金一五万円に
被告人笠井恒一、同山沢正男をいずれも懲役一〇月および罰金一〇万円に
それぞれ処する。
被告人橋田繁春、同増田多良平、同笠井恒一、同山沢正男において、右各罰金を完納できないときは、いずれも金二、〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。
ただし、本裁判確定の日から被告人森達雄、同青山正二、同橋田繁春に対してはいずれも三年間、被告人増田多良平、同笠井恒一、同山沢正男に対してはいずれも二年間右各懲役刑の執行を猶予する。押収してある約束手形一通(昭和四三年押第三二号の一)の偽造部分を被告人橋田繁春から没収する。
訴訟費用<略>
理由
(罪となるべき事実)
被告人森達雄は、中小企業等協同組合法にもとづき昭和二八年一月二九日設立された金融機関である徳島県信用組合(以下単に組合ということもある。)の代表者専務理事として常勤し、同組合の組合員等の預金の受入、組合員に対する資金の貸付などの同組合の業務全般を総括していた者、被告人青山正二は同組合の常務理事として常勤し同組合の組合員等の預金の受入、組合員に対する資金の貸付等の事務を分掌していた者、被告人笠井恒一は竹材工業、農業を営んでいた者、被告人山沢正男は農業のかたわら金融業に携つていた者、被告人増田多良平は製薬販売業を営んでいた者、被告人橋田繁春は製材業のかたわら金融業に従事していた者であるが、
一、(一) 被告人森達雄、同青山正二は、昭和三五年六月はじめころ、徳島市西船場町一丁目四番地所在の右徳島県信用組合事務所において、被告人笠井恒一、同山沢正男が竹口武男と結託し、右組合の正規の利息のほか右竹口から裏利として預金額に対し月一分程度の利息を余分に支払うことによつて預金者に特別の金銭上の利益を得させる目的で右組合に預金を媒介するものであることを知りながら、共謀のうえ、右被告人笠井恒一、同山沢正男との間で、同被告人らは右組合に定期預金を媒介し、右組合は右媒介にかかる定期預金を担保に徴することなく右竹口武男もしくはその経営する企業組合城東造船所、阿波造船工業株式会社に対して融資すべき旨を約し、別表第一記載のとおり昭和三五年六月六日から昭和三六年七月六日まで、のべ一〇九回にわたり、右被告人笠井恒一、同山沢正男の媒介にかかる定期預金合計二、六六〇万円を右組合に受け入れ、もつて当該預金に関して不当契約をなし、
(二) 被告人笠井恒一、同山沢正男は、前記一の(一)記載のとおり竹口武男と結託し、預金者に特別の金銭上の利益を得させる目的をもつて、共謀のうえ、昭和三五年六月はじめころ、前記徳島県信用組合事務所において、被告人森達雄、同青山正二との間で、自己らが右組合に定期預金を媒介し、同組合は右媒介にかかる定期預金を担保に徴することなく右竹口武男もしくは同人の経営する企業組合城東造船所、阿波造船工業株式会社に融資すべき旨を約し、別表第一記載のとおり昭和三五年六月六日から昭和三六年七月六日までの間のべ一〇九回にわたり定期預金合計二、六六〇万円を右組合に媒介し、もつて当該預金に関して不当契約をなし、
二、(一) 被告人森達雄、同青山正二は、昭和三六年五月はじめころ、前記徳島県信用組合事務所において、被告人増田多良平、同橋田繁春が結託して同組合の正規の利息のほかに被告人増田多良平から裏利として預金額に対し月二分程度の利息を余分に支払うことによつて預金者に特別の金銭上の利益を得させる目的で同組合に預金を媒介するものであることを知りながら、共謀のうえ、右被告人増田多良平、同橋田繁春との間で、同被告人らは右組合に定期預金を媒介し、他方右組合はその媒介にかかる定期預金を担保に徴することなく右被告人増田多良平に融資すべき旨を約し、別表第二記載のとおり昭和三六年五月九日から昭和三七年六月四日まで、のべ三九一回にわたり右被告人増田多良平、同橋田繁春の媒介にかかる定期預金合計六、四〇八万三、七〇〇円を右組合に受け入れ、もつて当該預金に関し不当契約をなし、
(二) 被告人増田多良平、同橋田繁春は、前記二の(一)記載のとおり預金者に特別の金銭上の利益を得させる目的をもつて、共謀のうえ、昭和三六年五月はじめころ、前記徳島県信用組合事務所において、被告人森達雄、同青山正二との間で、自己らが右組合に定期預金を媒介し、右組合は右媒介にかかる定期預金を担保に徴することなく被告人増田多良平に融資すべき旨を約し、別表第二記載のとおり昭和三六年五月九日から昭和三七年六月四日までの間のべ三九一回にわたり定期預金合計六、四〇八万三、七〇〇円を右組合に媒介し、もつて当該預金に関して不当契約をなし、
三、被告人森達雄、同青山正二は共謀のうえ、前記徳島県信用組合事務所において、別表第二、同第三記載のとおり昭和三五年六月六日から昭和三七年六月四日までの間のべ八〇七回にわたり、右組合の組合員でなく、かつ組合員と生計を一にする配偶者その他の親族でもない預金者米田勝らのべ八〇七名から右組合に合計一億六、一一四万三、七〇〇円の定期預金を受け入れ、もつて右組合の事業範囲外において預金の受入をし、
四、被告人森達雄、同青山正二は、右徳島県信用組合の組合員に対する貸付をなすにあたつては、事前に相手方の資産、信用力を充分調査してその返済能力の有無、程度を確かめ、確実で換価処分の容易な担保を徴したうえ、その担保される限度内で貸付をなすべき任務を有するのに、共謀のうえ、
(一) 組合員竹口武男および同人の経営する企業組合城東造船所、阿波造船工業株式会社に対して右徳島県信用組合が貸付をなすにあたり、右竹口および関係企業の利益を図る目的で前記の任務に背き、すでに昭和三五年七月五日の時点で、右竹口および関係企業への貸付は六八四万五、〇〇〇円で、さきに担保に徴した建造中の船舶の実質担保価値にほぼ見合う程度に達しているのに、いわゆる導入預金により貸付資金がたやすく入手しうるところから安易に傾き、竹口の言を鵜呑みに信用し提供をうける担保物件の担保価値をほとんど調査せず、ほとんどの場合その担保価値を過大に評価査定して、累積する貸付残高は常に実質担保価値を大幅に超過するのに、別表第四記載のとおり昭和三五年七月一五日から昭和三七年三月一日までの間前後一二九回にわたり、前記徳島県信用組合事務所において、右竹口武男および関係企業に対し手形貸付又は手形割引の方法により合計八、四五三万八、〇〇五円を貸しつけ、その回収を著しく困難ならしめて右組合の運転資金の枯渇を招き、右組合の正常な業務の遂行を不可能ならしめ、もつて右組合に対して同額の財産上の損害を与え、
(二) 組合員増田多良平に対し右徳島県信用組合が貸付をなすにあたり、同人の利益を図る目的で前記の任務に背き、すでに昭和三六年八月二三日以前において右組合の増田に対する貸付は二、六四〇万円であるのに設定した担保の総額は二、三七〇万円であり、しかもこの担保物件の実質的担保価値に至つてはわずかに一、一九〇万九、四〇〇円にすぎないのであるから、明らかに右増田に対する貸付は徴した担保価値を大幅に上まわつているのに、いわゆる導入資金により貸付資金がたやすく入手しうるところから安易に傾き、何ら担保を追徴することなく、漫然別表第五記載のとおり昭和三六年八月二三日から昭和三七年八月一三日までの間前後五七回にわたり、前記徳島県信用組合事務所において右増田多良平に対し、手形貸付、手形割引又は当座貸越の方法により合計四、五八〇万九、〇八四円を貸しつけ、その回収を著しく困難ならしめて右組合の運転資金の枯渇を招き、右組合の正常な業務の遂行を不可能ならしめ、もつて右組合に対し同額の財産上の損害を与え、
(三) 組合員三和興産商業有限会社は、神戸市葺合区旭通り四丁目一〇番宅地四、211.06平方米(1,273.85坪)を所有者生島五郎兵衛から代金三、〇〇〇万円で買い入れ、転売することを主目的として、被告人笠井恒一が代表取締役となり、被告人増田多良平、同森達雄、ならびに、売主生島五郎兵衛および仲介人加古裕二がそれぞれ取締役となつて昭和三六年六月一五日設立登記手続を了したばかりの資本金一二〇万円の会社であつて、その信用力はほとんどなく、その資産としては時価約一、九一〇万九、八〇〇円の右宅地について昭和三六年六月二〇日付売買契約により右会社が右売主生島五郎兵衛からその所有権移転登記手続を経由した体裁にはなつているものの、その買受代金は内入金として約三〇〇万円を支払つてあるのみでその後残代金を支払わなければ右売買契約を解除されその所有権移転登記を抹消されるおそれがあつて、当時完全な所有権を取得したとはいえない状態にあり、また同宅地上は多数の者が店舗又は居宅をもつて定着占拠し商業などを営んでいるのであるから、これを担保として提供させたとしてもその実行にあたつては種々の紛糾が必至で早急な換価処分は著しく困難であり、さらに第三者のために合計一、〇六〇万円の債権(極度)額の先順位抵当権および根抵当権が設定されているのにかかわらず、被告人森達雄、同青山正二は金融機関の業務執行者としての前記の任務に背き、他に確実な担保を何ら徴することなく、詳細な調査もせずに漫然右宅地の時価を数千万円と評価して右宅地に対して債権元本極度額三、〇〇〇万円の第六順位の根抵当権を設定したのみでその実質担保価値の限度を大幅に超えて、別表第六記載のとおり昭和三六年七月六日から昭和三七年七月一〇日までの間、前後八回にわたり前記徳島県信用組合事務所において、手形貸付の方法により右三和興産商事有限会社に対し合計一、五三六万〇八〇〇円を貸し付け、その回収を著しく困難ならしめて右組合の運転資金の枯渇を招き、その正常な業務の遂行を不可能ならしめ、もつて右組合に対し財産上同額の損害を与え、
五、被告人橋田繁春は約束手形を偽造して金員を騙取しようと企て、昭和四二年八月一七日ころ、徳島市昭和町四丁目三八番地の自宅において、行使の目的をもつて、ほしいままに、徳島信用金庫の統一手形用紙を利用して、その額面金額欄にチェックライターで「¥200,000」と記載し、振出人欄にあらかじめ情を知らない印判屋に刻さしめてあつたゴム印、角印を使用して「板野郡北島町江原松木竹男」との記名および「松木竹男」名義の角印を押捺し、もつて松木竹男作成名義の約束手形一通(昭和四三年押第三二号の一)の偽造を遂げ、同日徳島県鳴門市大津町木津野字籔内二三の五、西川英男方において、同人に対し、右偽造にかかる約束手形一通を真正に成立したものの如くに装いその割引方を依頼し、同人に交付してこれを行使し、同人をして右約束手形は真実右松木竹男の振出にかかるものに間違いないものと誤信せしめ、即時同所において同人から右約束手形の割引金名義のもとに現金一八万円の交付を受けてこれを騙取したものである。
(証拠の標目)<省略>
(事実認定についての説明)
一、預金に関する不当契約の事実について、
(一) 被告人森、同青山、同笠井、同山沢関係(判示一の(一)(二)の事実)
前掲関係各証拠を総合すれば、竹口武男は昭和二八年ころから徳島市南福島で企業組合城東造船所(以下単に城東造船所という)を興し、木造船の建造を行つていたが、経営がおもわしくなかつたことなどもあつて、昭和三五年には新たに阿波造船工業株式会社(以下単に阿波造船という)を設立し鉄鋼船の建造も手掛けることになつたこと、しかし従前多少の取引があつた兵庫相互銀行などにも信用がなく、融資を受けることができなかつたので設備資金などに困り、木材の取引で知り合つていた板東善吉に対し徳島県信用組合から融資を受けられるよう斡旋してほしい旨依頼し、板東は知り合いの土橋二郎が右組合の被告人森と知り合いであるところからこれを引き受けたこと、同年五月ころ、土橋、坂東が同道して右組合事務所に赴き、被告人森、同青山に対して右竹口およびその経営する城東造船所、阿波造船に対する融資方を依頼し、その後竹口自身も右組合事務所にやつて来て再三同旨の依頼をなしたこと、これらの依頼に対して被告人森、同青山は、担保があれば貸してもよいが、組合には貸付資金がないというように答えたので、右坂東、土橋、竹口らは融資額に見合う預金は我々の方で世話したいと述べたこと、その後まもなくして板東は知り合いの被告人笠井と会い、同被告人に対し、竹口が組合から融資を受けたいのでそれに見合う預金を集めてほしい旨依頼し、同被告人は竹口と同道して金融業を営んでいた被告人山沢方に赴きこの話をもちこんだこと、ここにおいて被告人笠井、同山沢と竹口武男との間に、預金者には竹口から裏利として、組合の正規の利息のほかに、預金額に対し月一分程度を支払い、預金の媒介者へは謝礼手数料として預金額の五分を支払う条件で、被告人笠井、同山沢は竹口やその経営する企業が組合から融資を受けるに必要な金額に見合う預金を組合に媒介することを引き受ける話がまとまつたこと、被告人山沢は組合の経理状態なども独自に調査し、昭和三五年六月はじめころ、徳島市西船場町の右組合事務所に被告人笠井とともに訪れ、同所で被告人笠井同山沢から預金者には竹口から預金額に対し月一分程度の裏利を支払い、自分達が預金を集めて組合に媒介するから、組合はこの預金債権を担保に徴することなく竹口やその経営する企業に融資してもらいたいと申し出たこと、すでに組合において被告人森と組合の常務理事岡本誉幸とが竹口に融資する際は担保に徴すべき竹口が建造中の船舶(タンカー船)を見に行き、竹口自身の説明をきいたり、建造の進行状況を調査し、岡本はさらに阿波国共同汽船株式会社で船舶の担保価値の評価、査定の方法、担保権設定の方法なども詳しく調べて被告人森、同青山に報告をしており、このころ被告人森、同青山と常務理事岡本など常勤理事者で検討し終り竹口に対する融資を決定していたので、被告人森、同青山においても右被告人笠井、同山沢の申し出をそのまま承諾したこと、そこで被告人笠井、同山沢は他の金融業者らにも口をかけ、自ら組合への定期預金者を勧誘したこと、右組合の組合員やその生計を一にする親族からの定期預金を除いて、起訴されている預金のみに限定しても被告人笠井、同山沢は別表第一記載のとおり昭和三五年六月六日から昭和三六年七月六日までの間前後一〇九回にわたりのべ一〇九人から合計二、六六〇万円の定期預金を右組合に媒介し、その預金者に対しては竹口から支払われた裏利を手渡し、手数料を媒介関係者で分配したこと(被告人笠井、同山沢が開与した預金の特定については被告人山沢の昭和三七年一一月二八日付申述書添付一覧表、同被告人の司法警察員に対する昭和三七年一二月七日付供述調書添付の一覧表を基礎として認定)、裏利や手数料は当初組合事務所以外の喫茶店等で竹口や従業員から支払われていたが、後には組合が立替えて支払い、竹口やその関係企業に対する手形貸付として融資の中に含める取扱いもしばしばなされたこと、などの各事実が認められるのである。
ところで、前掲関係各証拠に、<証拠>をもあわせ検討すれば、阿南市、徳島県邦賀郡羽ノ浦町、鳴門市、小松島市、徳島県板野郡松茂町などの金融業者や不動産業者の中には被告人笠井、同山沢を介することなく直接竹口を通じて右と同様の組合への導入預金媒介の交渉をなしたり、あるいは当初被告人笠井、同山沢から依頼を受けて同被告人らを通じて預金の導入媒介をしていたものの、その後同被告人らの手を通じないで、独自に右と同一条件で預金者を勧誘し、預金を組合に媒介し、預金者へは竹口から裏利を手渡し、自らは同人から手数料の支払いを受け、このことを被告人笠井、同山沢には秘匿する者もあらわれ、このようなこともかなり広範に行なわれたこと、これらの導入預金をも全部含めてみると、前掲司法警察員作成の昭和三七年一二月二〇日付「阿波造船に対する導入預金状況一覧表」と題する捜査報告記載のとおり、竹口や関係企業への導入預金として竹口から裏利が支払われた預金は、組合員およびこれと生計を一にする親族からの分などを除いた起訴されている範囲だけで別表第三記載のとおり昭和三五年六月六日から昭和三七年二月一二日までのべ四一六回にわたりのべ四一六人から合計九、七〇六万円の額に達することが認められる。
ところで、預金に係る不当契約の取締に関する法律が、金融機関の公共性、重要性の見地から、いわゆる導入預金による金融機関の健全経営の阻害と一般預金者に対する不測の損害を与えるおそれがあることにかんがみ、その現実の危険性を除去すべく、これを禁止しようとして制定されたものであるという同法立案の経過、ならびに、その趣旨、目的に照らせば、同法二条、三条で禁止する預金に係る不当契約とは、特定の預金に関し特定の第三者と通じ、裏利などの特別の金銭上の利益を預金者が受け、又はこれに与えることを目的とする預金者又は預金媒介者と、金融機関とが、預金の預け入れ、又はその媒介ならびに当該第三者への融資を取り決め、この約束にもとづいて、現実に預金の預け入れ、その媒介、又はその受け入れを行なうことの全体を指すものと解せられるのであつて、仮りに預金者又は預金媒介者と金融機関との間で、右のような約束がなされた事実があつたとしても、その預金が特定されることもなく、預金が現実には行なわれなかつたような場合までをも含めて処罰の対象とする決意ではないと考えられるのであり、換言すれば、預金の預け入れ、その媒介又は受け入れという行為もまた同法二条、三条にいう預金に係る不当契約の構成要件の内容をなすものと解すべきである。
そこで、本件公訴事実において検察官が被告人笠井、同山沢と被告人森、同青山との間における預金に係る不当契約の内容となる預金であるとして主張しているのは、別表第三記載のとおり九、七〇六万円という竹口および関係企業への導入預金のほぼ総額であるけれども、前にのべたとおり証拠上被告人笠井、同山沢と被告人森、同青山との間の取決めにもとづいて被告人笠井、同山沢が媒介し、被告人森、同青山が組合に受け入れた導入預金であることが明確なのは別表第一記載の合計二、六六〇万円の定期預金のみであつて、その余の定期預金については、それが竹口や関係企業への融資にあてるため組合に導入媒介され、竹口から預金者への裏利と媒介者への手数料とが支払われた預金であることは明らかであるけれども、被告人笠井、同山沢と被告人森、同青山との間の前認定の導入預金媒介の約束にもとづきなされた預金であるとは認めがたいのである。
したがつて、結局被告人笠井、同山沢と被告人森、同青出との間で預金に係る不当な取決めがなされた事実は前認定のとおり明らかであるが、その不当契約の内容をなす預金は別表第一記載の範囲のものに限られるから、判示一の(一)(二)のとおり認定したのである。
(二) 被告人森、同青山、同増田、同橋田関係(判示二の(一)(二)の事実)
前掲関係各証拠を総合すると、被告人増田多良平は徳島県三好郡池田町箸蔵で「モラエス化学工業所」を経営し蠅取紙などを製造していたが、昭和三五年八、九月ころ新薬発売の資金を獲得するため、融資してくれそうな金融機関をあたつていたところ、たまたま知り合いの土橋二郎から前記のとおり竹口が導入融資を組合から受けていることを聞き、被告人笠井に確かめてそのやり方を詳しく聞き、ここに被告人増田も同様の方法で組合から融資を受けようと考えたこと、そして被告人増田はそのころ右土橋と同道して組合事務所に被告人森、同青山を訪ね、融資方を依頼したこと、その際被告人増田らは被告人森、同青山に対し、預金者には裏利として被告人増田から預金額に対し月一分程度を支払い、また預金を媒介する世話人には謝礼手数料として預金額の五分を支払つて組合に預金を媒介し、別に担保を提供するので、組合はこの預金債権を担保に徴しないで竹口の場合と同様この預金を資金として被告人増田に融資してほしい旨申し出たこと、そこで被告人森が担保物件の調査をし、被告人森、同青山が相談のうえ被告人増田の右申込みを承諾するに至つたこと、その後被告人笠井、同山沢、同橋田などの媒介により増田への融資の資金となるべき定期預金がなされるようになり、その結果被告人増田に対する組合の融資が行なわれるようになつたこと、ところが昭和三六年五月五日被告人増田と被告人橋田とは徳島市内両国橋通りの喫茶店「もり」で話しあい、被告人増田への組合の融資資金として組合へ預金を媒介する必要が被告人増田に生じた場合、その預金の媒介はすべて被告人橋田と組んでこれを行ない、被告人増田は被告人橋田以外の金融業者に対しては預金として被告人増田、同橋田が媒介する定期預金については、預金者に対して預金額に対し月二分程度の裏利を組合からの正規の利息のほかに被告人増田が支払い、なお預金額の五分程度を被告人増田が被告人橋田その他預金媒介の世話人に謝礼手数料として支払う旨の約束を交し(昭和三九年押第八号証の八、九)、まもなく被告人増田が徳島市西船橋町の組合事務所を訪ね、被告人森、同青山に対し、被告人橋田と被告人増田との間の前記の約束の内容を説明し、それまでと同様に被告人増田が右約束のとおりの裏利を預金者に支払い、被告人増田と被告人橋田とが組合に預金を媒介するので、これを貸付資金として、預金債権を担保に徴することなく被告人増田が必要の都度組合から融資して欲しい旨を申し出たところ、被告人森、同青山もこれを承諾したこと、これにもとづいて、被告人橋田、同増田は別表第二記載のとおり、組合員やその生計を一にする親族からの預金を除いて、昭和三六年五月九日から昭和三七年六月四日までの間のべ三九一人からのべ三九一回にわたり、合計六、四〇八万三、七〇〇円の定期預金を、預金者には被告人増田から裏利を支払つて右組合に媒介し、被告人森、同青山はこれを受け入れ、被告人増田への融資を続けたこと、この間組合においては被告人増田の預金者に対する裏利や預金媒介者に対する手数料を立替えて支払い、被告人増田に対する手形貸付として処理することも再三あつたこと、などの各事実が認められる。
右認定した事実によれば、判示二の(一)、(二)のとおり被告人増田、同橋田と被告人森、同青山との間において、預金に関する不当契約がなされたこと、その内容をなす預金は別表第二記載のとおりであることが明らかである。
二、背任罪の成立について<省略>
(法令の適用)
被告人森達雄、同青山正二の判示一の(一)、(二)の(一)の各所為はいずれも包括して預金等に係る不当契約の取締に関する法律三条、五条一項一号、刑法六〇条に、被告人笠井恒一、同山沢正男の判示一の(二)の各所為、被告人増田多良平、同橋田繁春の判示二の(二)の各所為は、いずれもそれぞれ包括して預金等に係る不当契約の取締に関する法律二条二項、四条一号、刑法六〇条に、被告人森達雄、同青山正二の判示三の各所為は包括して中小企業等協同組合法一一二条一項、刑法六〇条に、被告人森達雄、同青山正二の判示四の(一)、(二)、(三)の各所為はいずれもそれぞれ包括して刑法二四七条、六〇条に、被告人橋田繁春の判示五の所為中有価証券偽造の点は同法一六二条一項に、偽造有価証券行使の点は同法一六三条一項に、詐欺の点は同法二四六条一項に、それぞれ該当し、被告人森達雄、同青山正二の判示一の(一)および同二の(一)の預金等に係る不当契約の取締に関する法律違反の点はいずれも同三の中小企業協同組合法違反の点と一個の行為にして二個の罪名に触れる場合であるから刑法五四条一項前段、一〇条により犯情の最も重い判示二の(一)の罪の刑によることとし、右被告人橋田繁春の判示五の有価証券偽造とその行使と詐欺との間には順次手段結果の関係があるので同法五四条一項後段、一〇条により刑および犯情の最も重い偽造有価証券行使の罪により処断することとし、被告人森達雄、同青山正二の判示二の(一)、四の(一)、(二)、(三)の各罪については所定刑中いずれも懲役刑を選択し、被告人笠井恒一、同山沢正男の判示一の(二)の罪、被告人増田多良平、同橋田繁春の判示二の(二)の罪については、預金等に係る不当契約の取締に関する法律四条によりそれぞれ所定の懲役と罰金とを併科することとし、被告人森達雄、同青山正二、同橋田繁春の以上の各罪はそれぞれ刑法四五条前段の併合罪であるから、被告人森達雄、同青山正二の以上の各罪については同法四七条本文、一〇条によりいずれも刑および犯情の最も重い判示四の(二)の罪の刑に法定の加重をし、被告人橋田繁春の以上の各罪の懲役刑については同法四七条本文、一〇条により重い判示五の偽造有価証券行使の罪の刑に同法四七条但書の制限内で法定の加重をし、判示二の(二)の罪所定の罰金刑を同法四八条一項により右懲役刑に併科することとし、その刑期、罰金額の範囲内で後記(量刑について)に述べた諸般の事情を考慮して被告人六名をそれぞれ主文第一項掲記の各刑に処し、被告人橋田繁春、同増田多良平、同笠井恒一、同山沢正男において右各罰金を完納できないときは同法一八条一項、四項により金二、〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置し、被告人六名に対し情状により同法二五条一項を適用し、本裁判確定の日からそれぞれ主文第三項掲記の期間右各懲役刑の執行を猶予し、押収してある約束手形一通(昭和四三年押第三二号の一)の偽造部分は判示第五の偽造行為より生じ、行使行為を組成し、詐欺行為に供したもので、何人の所有をも許さないものであるから同法一九条一項三号、一号、二号、二項により主文第四項のとおりこれを被告人橋田繁春から没収し、訴訟費用中主文第五項掲記の各証人および鑑定人に支給した費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人六名に主文第五項掲記のとおりそれぞれ負担させることとする。
(量刑について)
判示一ないし四の認定事実は、徳島県信用組合に関する一連の非組合員からの導入預金およびこれによる不良貸付であつて、これがため組合は運転資金の枯渇を招き、正常な運営が出来なくなつて、ついに預金者への預金の払戻しも出来なくなり、預金者や組合員には不測の損害を蒙らしめ、県民内外の金融機関に対する信用を著しく失墜させたものであつて、被告人六名の責任はいずれも重いといわなければならない。
さいわいにして、今日後任組合理事者らの尽力により預金者の一部に対しては組合が徴した担保の全部又は一部を譲渡し、他の預金者には支払いの猶予を得て、その間組合が徴した担保の処分を図るなどしながら債権の回収につとめ、組合再建への努力が続けられていること、その他被告人らの年令、従前の経歴、本件犯行の動機、目的、家庭の状況など諸般の事情、特に被告人森、同青山については特段私利、私欲を図つたふしもうかがわれないこと、被告人笠井、同山沢、同増田、同橋田については右各犯行による利益の内容、被告人橋田についてはさらに判示五の犯行があることを総合的に検討し、主文のとおり量刑した次第である。
よつて主文のとおり判決する。
(野間礼二 大山貞雄 池田真一)